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インド神話の核兵器(?) その2

ブラフマーストラの使用例

■ラーマとラクシュマナ(左)

 黒い肌の人物がラーマで白い肌の人物がラクシュマナです。

 ラクシュマナは、ラーマとは母親違いの兄弟でしたが、兄に対して忠実な弟でした。

 武勇にも優れた彼は、ラーヴァナの息子にして最強のラークシャサ(羅刹)であるインドラジットを討ち取りました。

 

■ハヌマーン(右)

 ハヌマーンは怪力を持った猿人であり、『西遊記』の主人公の1人である孫悟空のモデルになったともいわれています。

 

●画像引用 Wikipedia

ラーマとジャヤンタ

●画像引用 Wikipedia

■ラーマと水神ヴァルナのやり取りを描いた絵画(左)とアダムスブリッジ (右)

 

 叙事詩『ラーマーヤナ』では、ラーマがランカー島に渡る際に海に橋を造らせたという話があります。

 この話が真実かどうかはともかく、インドとスリランカの間のポーク海峡には、両者を繋ぐ砂州浅瀬の連なりがあります。 

 

●画像引用 Wikipedia

■高熱に晒されたと思われるインダス文明の遺物

 

 左の画像は高熱で溶けて再び固まった石であり、右の画像は一度溶けた後に接合したレンガやガラス化した壺の破片といわれています。

 これだけであれば、ただの偶然や思い込みで片付けられるのですが、インド神話の叙事詩には、その原因と思われるようなことが書いてあるので、興味深いところです。

 

●画像引用 超猪鹿蝶

■ラーマ(左)とラーヴァナ(右)

 

 ラーマはヴィシュヌのアヴァターラ(化身)とされている英雄であり、インドの理想的君主といわれています。

 一方、ラーヴァナは、叙事詩では多くの悪行を働いたとされていますが、意外にも自国ランカー島には飢えを知る者がいないと言われるほど栄えていたため、住民には慕われていたそうです。

 このような話は、デーヴァ(神)の敵である複数のアスラ王にも伝えられているので、神々の敵対者が必ずしも『悪』だったとは言えないのかもしれません。

 

●画像引用 Wikipedia

クルクシェートラの戦い

●画像引用 Wikipedia

 続いて、どのような場面でブラフマーストラが使用されたか見てみましょう。

 

 サンスクリット語の聖典には、ブラフマーストラの行使、あるいはその行使を仄めかした脅迫などの事例が複数見られます。

 

 ブラフマーストラが封じられた事例としては、戦いの女神カーリーアスラ王『シャンカチューダ(サンスクリット語:शंखचूड/Śaṃkhacūḍa)〈注1〉』の戦いがあります。

 『シヴァ・プラーナ』によると、強大な力を持っていたシャンカチューダを倒すため、カーリーはブラフマーストラを使おうとしますが、シャンカチューダは『適切な礼拝』によってそれを逸らしたとか。

 礼拝の内容については詳しく書かれていませんでしたが、シャンカチューダはブラフマーストラの力の源であるブラフマーに祈りを捧げることでその害を防いだのでしょう。  

 

 叙事詩『ラーマーヤナ』においても、ブラフマーストラが使用されたことについて記されています。

 ラークシャサラーヴァナの息子インドラジットは、ブラフマーストラを(物語の主人公である)ラーマの軍隊に対して使用しました(より強力なブラフマーンダーストラを使ったという説もあります)。

 これでラーマ軍は大打撃を受け、ラーマとその弟であるラクシュマナは負傷。ラクシュマナはさらに『ヴァーサヴィー・シャクティ(サンスクリット語:वासवीशक्ती/vāsavī-śakti)〈注2〉』という矢の攻撃を受け、瀕死の状態になりました。

 叙事詩では、この後ハヌマーンが持ってきた蘇生の薬草『サンジーヴィニ〈注3〉』により、ラクシュマナとラーマ軍の兵士たちが蘇ったと記されています。

 

 インドラジットはハヌマーンに対してもブラフマーストラを使用しましたが、彼は前以てブラフマーから与えられていた恩恵により助かりました。

 最強クラスの兵器とされるブラフマーストラですが、このような例がある通り、いくつか切り抜けられる方法があるようです。

 

 ラーマーヤナの主人公ラーマもブラフマーストラを使用しています。
  1度目は、神々の王インドラの息子であるジャヤンタが、彼の妻であるシーターを傷つけた時です。

 この時、激怒したラーマはブラフマーストラを使ってジャヤンタを殺そうとしました。

 カラスの姿になっていたジャヤンタは、世界中を飛び回ってブラフマーストラから逃れようとしましたが、この矢には敵を仕留めるまで止まらない追尾機能がありました(恐ろしい!)。

 結局ジャヤンタはラーマのもとへ逃げ込んで降参しましたが、ひとたび解き放ったブフラマーストラは収めることができないと告げられてしまいます。

 止むを得ず、ジャヤンタはせめて右目のみに衝突するようにしてほしいと言い、彼は右目を失うことになりました。

 核兵器並みといわれるブラフマーストラですが、このように威力を調節することもできるようです。

 

 ブラフマーストラが脅迫のような感じで使われたのには、以下の事例があります。

 ラーマは、自軍がラーヴァナの拠点であるランカー島へ進軍できるよう海の道を切り開くため、ブラフマーストラで海水を蒸発させようとします(おいおい!)。

 ラーマが『破壊の矢』を構えるや否や、海の管理者である水神ヴァルナが慌てて現れ、ラーマと彼の軍隊が島へ渡るための橋を建設したり、それで海を横断したりする際には邪魔をしないと約束しました。

 こうしてできたのが、後世において『アダムスブリッジ(Adam's Bridge)』と呼ばれる『海の橋』だといわれています。

 ただ、力を発動させたブラフマーストラは発射を止めることができません。

 止むを得ず、ブラフマーストラは海の代わりに『ドゥルマトゥリヤ(Dhrumatulya)』へ放たれ、その地は永遠に砂漠と化してしまったそうです。

 恐ろしい環境破壊であり、この話を聞くと、ラーマは伝承にいわれるような聖王なのかと疑ってしまうところです。

 クリシュナもそうですが、インド神話の物語を読むと、ヴィシュヌやそのアヴァターラ(化身)とされる神には、優しいイメージとは程遠い『残酷さ』と『非道さ』があります。

 上記の件については、ゾロアスター教の神話と比較すると興味深いのですが、長くなるのでこれについては別の機会で語りたいと思います。

 なお、ドゥルマトゥリヤとは現在のラージャスターン州のことであり、この地域には実際にタール砂漠があります。

 付近には古代核戦争の舞台の1つといわれるインダス文明の遺跡があり、神話と考古学の情報が一致して興味深いところですが、もしラーマーヤナの物語通りにインダス文明が滅びたとすれば悲惨極まりないですね〈注4〉。

 戦闘の目標(ターゲット)ではなく、『とばっちり』でその都市が壊滅させられたことになるのですから。

  

 ラーマが最後にブラフマーストラを使用したのは、ラーヴァナとの決戦です。

 ラーヴァナは10の頭と20の腕を持つとされていますが、これは彼の強大な軍隊を象徴化した表現なのかもしれません。

 しかも彼は不死の霊薬アムリタを飲んでいるので、通常の攻撃では殺すことができません。

 そんなラーヴァナでも、ラーマから放たれたブラフマーストラを受けると、体内のアムリタが蒸発して死んでしまいました。

 つまりブラフマーストラ級の火力があれば、不死とされる神々でも殺すことができるということでしょうか……。

 

 ブラフマーストラは、叙事詩『マハーバーラタ』でも使用されています。

 英雄ビーシュマが彼の師であるパラシュラーマと戦った際、ブラフマーストラを使用しましたが、この時は反撃で放たれたブラフマーストラにより相殺・無効化されました。

  クルクシェートラの戦いでは、カルナアルジュナが放ったブラフマーストラに対し、同様にブラフマーストラを放って無効化しましたが、これらのアストラが衝突した影響により、周囲の戦場は悲惨な状況になったとか。

 上記は、ブラフマーストラが相殺された事例ですが、完全に被害なく無効化できたわけでもなさそうです。

 

 以上、ブラフマーストラの使用例でした。

 

 核兵器のような威力があるといわれているのに、この武器が割とぽんぽん発射されているのは、威力を調節できる使い勝手の良さがあるからでしょうか。

 しかも、これより威力があるとされるブラフマーストラの上位互換兵器や、シヴァ系の必殺兵器であるパーシュパターストラなども、神話では度々使用されているのです。

 インド神話の軍事バランスは、一体どうなっているのでしょうか……。

 

 ということで、次回はブラフマーストラの上位互換となる兵器について語りたいと思います。 


【注釈 1~4】

 

■注1 シャンカチューダ(サンスクリット語:शंखचूड/Śaṃkhacūḍa)

 ヴィシュヌの化身であるクリシュナの時代以降(つまりカリ・ユガの時代)に現れたアスラ王。

 ※ヒンドゥー教の世界観では、クリシュナの死より暗黒時代『カリ・ユガ』が始まったとされている。

 シャンカチューダは厳しい苦行を実践してブラフマーから恩恵を受け、後に三界(天界・空界・地界または天界・地上界・地下世界の3つの世界)を征服したが、最終的にシヴァによって倒された。

 神話の内容は、彼より前のアスラ王ジャランダラの物語と共通する部分が多く、シナリオ作りという視点で見ればその焼き直しと考えられる。

 ただ、インド神話の時間観念は、『カルパ(劫)』という『円環型』になっており、それを簡単に言えば、途方もない長い時間をかけて同じような出来事が繰り返されているという考え方である。

 つまりジャランダラは以前の『カルパ(時間周期)』のアスラ王であり、今回の『カルパ(時間周期)』においてジャランダラの役割を果たしたのがシャンカチューダだともいえる。

 

■注2 ヴァーサヴィー・シャクティ(サンスクリット語:वासवीशक्ति/vāsavī-śakti)

 元々は神々の王インドラが所有する武器の1つ。必中の魔力を持つ『投げ矢』とされる。

 

■注3 サンジーヴィニ

 サンジーヴィニとは、死者をも蘇らせるという薬草である。

 この薬草はヒマラヤ奥地のカイラス山にあり、ハヌマーンはこれを得るために目的の丘に到着したが、薬草を見つけることができなかった。

 そこで彼はサンジーヴィニが生えている丘全体をすくいあげてラーマ軍のもとに戻ると、サンジーヴィニの香りが届くやいなや、ラクシュマナと戦死した兵たちが蘇ったという。

 

■注4 インド神話とインダス文明の関連

 ラーマーヤナの主戦場となった場所『ランカー』は、現セイロン島とする説が有力である。

 一方、マハーバーラタで主戦場となったクルクシェートラは、ハリヤーナー州の中部・西部からパンジャーブ州の南部にまたがるといわれるので、地理的には後者の方が圧倒的にインダス文明の場所に近い。

 神話の時代設定としても、『クルクシェートラの戦い』は『ランカーの戦い』より後なので、インド神話とインダス文明の滅亡を結び付けようとするなら、マハーバーラタで描かれた戦争を原因とした方が自然かもしれない。

 

 なお、ラーマがブラフマーストラを『ドゥルマトゥリヤ(Dhrumatulya)の地』へ放ったのは以下の理由があった。

 ドゥルマトゥリヤには『凶暴な姿で凶暴な行いをする極悪人』が住んでおり、そんな彼らが『水神ヴァルナの管轄化にある水』を飲んでいることは罪だから、ここへブラフマーストラを放てとヴァルナが命じたのだ。

 水神の命令があった以上、ラーマだけに責任があるわけではないが、ドゥルマトゥリヤがとばっちりで災厄を受けたのは事実である。

 「この地に住む人々が邪悪だった」という話も唐突な感があり、その人々がアーリア人から見れば蛮族だから『悪』として扱われただけかもしれない。

参考・引用

■参考文献

●マハーバーラタ C・ラージャーゴーパーラーチャリ・奈良毅・田中嫺玉 訳 

●マハーバーラタ 山際素男 編著 三一書房

●ラーマーヤナ 河田清史 著 第三文明者

●新訳ラーマーヤナ ヴァールミーキ 著 中村了昭 訳 東洋文庫

●SIVA PURANA The ancient book of Siva RAMESH MENON 著  

●ヒンドゥーの神々 立川武蔵・石黒淳・菱田邦男・島岩 共著 せりか書房

●梵和大辞典  荻原雲来 編纂 講談社

●A Sanskrit English Dictionary M. Monier Williams 著 MOTILAL BANARSIDASS PUBLISHERS PVT LTD

 

■参考サイト

●Wikipedia

●サンジーヴィニ友の会

●ピクシブ百科事典

●超猪鹿蝶

●コトバンク