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インド神話の核兵器(?) その4

アーグネーヤーストラ

火神 アグニ

 アグニはインド神話の火神です。

 リグ・ヴェーダでは、インドラに次いで最も多くの讃歌を捧げられるほど重要な神でした。

 仏教では、『火天』という天部の神として取り入れられている他、『烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)』としても崇拝されています。

 

●画像引用 Wikipedia

アグニV

 インドの大陸間弾道ミサイルーー『アグニV』は、2018年12月10日に7回目のテスト打ち上げに成功し、これを以て導入前試験が完了しました。

 『現代のアーグネーヤーストラ』が使用される時が、いつかやってきてしまうのでしょうか……。

 

●画像引用 Wikipedia

 ブラフマーシヴァなど『大神』の名前に因まないながらも、強力なアストラとして描かれたのが『アーグネーヤーストラ(サンスクリット語:आग्नेयास्त्र/āgneyāstra)』です。

 

 日本では長母音を略した『アグネヤストラ』、あるいは『三一書房(山際素男編著)』の叙事詩『マハーバーラタ』で表記された『アグネーヤ』という名前で知られているかもしれません。

 いずれにせよ、この単語は『火神アグニのアストラ』を表します〈注1〉。

 なお、この単語のデーヴァナーガリー文字『आग्नेयास्त्र』でGoogle検索すると、まず『銃器』のWebサイトが出てきます。

 また、インドで開発された中距離弾道ミサイルが『アグニIV 』、大陸間弾道ミサイル(ICBM)が『アグニV』と名付けられています。

 『IV』と『V』があるということは、それ以前にすでにアグニの名前を関したミサイルがあったことになります。

  アグニは『火神』の他に普通名詞としての『火』の意味もありますので、アーグネーヤーストラは直訳で『火箭(かせん)/火の矢』という意味になります。

 アーグネーヤーストラは『火』とセットになっている飛び道具であるためか、銃火器やミサイルなどの近代以降の兵器とイメージが重なり、これらにもその名前が付けられることになりました。

 

 このアストラはマハーバーラタにも登場しましたが、その威力は核兵器を思わせる以下のような描写がされました。

 

 『クルクシェートラの戦い』において、アシュヴァッターマンマントラを唱え、煙の無い炎のような輝きに満ちたアーグネーヤーストラを発射しました。

 これで無数の矢が空を覆い、炎に包まれて敵地へと落下。

 ラークシャサピシャーチャといった鬼神たちは大声で騒ぎ始め、不吉な風が巻き起こり、太陽は光を失いました。

 雲は雷鳴を轟かせ、血の雨を降らせます(実際は血ではなく『黒い雨』のことか?)。

 外界の水は熱せられ、水棲動物は熱に灼かれて暴れ回り、空一面から落下する火箭に撃たれた将兵は、燃え上がる樹木のように炎に包まれて倒れていきました。

 象や戦車に繋がれた馬も同様の状態となり、悲鳴を上げてのたうち回りました。

 それはまさに世界の全てを焼き尽くす『サンヴァルタカの火(終末の火)〈注2〉』のようでした。

  

 本当に核兵器レベルの威力だったかどうかはともかく、上記は明らかに普通の『火箭(火の矢)』の描写ではありません。

 このような兵器であるが故に、アーグネーヤーストラは『古代のミサイル(核ミサイル?)』だったのではないかといわれています(『古代核戦争説』参照)。

 この兵器は、アシュヴァッターマンのライバルであるアルジュナも所有していました。

 ヴェーダ神話の時代ならまだしも、ヒンドゥー教神話のアグニはブラフマーやシヴァのような『大神』ではありません。

 それ故に、おそらくアーグネーヤーストラの入手難易度はブラフマーストラなどよりは低かったと思われます。

 それは同時にこの兵器の普及率の高さを暗示しているかもしれません。

 

 例えば、叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公であるラーマの先祖――サガラ王もアーグネーヤーストラを所有していました。

 この王は、アーグネーヤーストラを使って敵対していた蛮族を征服したそうです。

 こう書くと、単なる英雄の征服神話のように見えてしまいますが、権力者が大量破壊兵器を使って敵対者を殲滅したと解釈すると、恐ろしい感じがしますね。

 国家や国王がこのような兵器をしっかり管理しているのならば、まだよいのですが……。 


【注釈 1~2】

 

■1 火神アグニのアストラ⇒アーグネーヤーストラ(サンスクリット語:आग्नेयास्त्र/āgneyāstra)

 『アーグネーヤーストラ』は、『アーグネーヤ(サンスクリット語:आग्नेय/āgneya)』という単語と『アストラ(サンスクリット語:अस्त्र/astra)』を合わせた複合語。

 『火』や『アグニ(火神)』を意味する男性名詞が『アグニ(サンスクリット語:अग्नि /agni)』であり、この単語を形容詞化したのが『アーグネーヤ(意味:火また火神に関する)』である。

 

■2 サンヴァルタカ(サンスクリット語:संवर्तक/saṃvartaka) 

 サンヴァルタカは、講談社の『梵和大辞典』によると『世界破壊の火』という意味になっている。

  より専門的な辞書である『A Sanskrit English Dictionary』によると、まず『rolling up(巻くこと)』、『 destroying(破壊)』という意味があり、それから『the world-destroying fire(世界破壊の火)』や『the end(or dissolution) of the universe(宇宙の終末、または消滅)』という意味が続く。

 この単語の構造を考えると、サンヴァルタカにはブラックホールに吸い込まれるような『世界の終わり』のイメージがあるのかもしれない。

ヴァイシュナヴァーストラ

ヴィシュヌ

 ヴィシュヌは『世界の保持(この場合は特にヒンドゥー教的な秩序の保持)』を司る神であり、それが危機に陥った時、様々な姿に化身(アヴァターラ)して地上に現れるそうです。

 

●画像 Wikipedia

■アルジュナから矢を受けるバガダッタ

 

●画像引用 Wikipedia

 核兵器というイメージからは遠いですが、ヴィシュヌの兵器――『ヴァイシュナヴァーストラ(サンスクリット語:वैष्णवास्त्र/vaiṣṇavāstra)』についても触れておきたいと思います。

 

 ヴァイシュナヴァ(vaiṣṇava)とはヴィシュヌを崇拝する人々のことを指し、このアストラがヴァイシュナヴァーストラとなります。

 このヴァイシュナヴァーナストラは、ブラフマーンダーストラやパーシュパターストラと同じく『至高の三大天界兵器』の1つとされています。

 ヴァイシュナヴァーナストラの直訳は、『ヴィシュヌの信者たちの矢』となりますので、この意味を深読みすると、ヴィシュヌを崇拝する信者たちの信仰心をエネルギー源とする兵器なのでしょうか。

 

 この兵器を入手するには、(ブラフマーストラやパーシュパターストラなどと同じく)この兵器の所有者――つまりヴィシュヌに会い、直接入手する必要があります。

 

 ヴァイシュナヴァーストラの性能は、攻撃対象の強さ・性質に関係なく(例えば堅固な鎧や盾、あるいは防御に長けた技術を持っていたとしても)、その対象を完全に破壊できることです。

 つまり防御が極めて困難な兵器なのです。

 ヴァイシュナヴァーストラを防ぐには、同じくヴァイシュナヴァーストラを使って威力を相殺するか、あるいはヴァイシュナヴァーストラのパワーソース(力の源泉)であるヴィシュヌに祈願して、この兵器の動作を停止させる他はないそうです。

 この兵器は、『ブラフマシールシャーストラ』のような核兵器的な破壊力は感じさせないものの、地味に強力であり、しかも余計なものを破壊しないようなので、かなり使い勝手がよさそうです。

 

 『クルクシェートラの戦い』では、バガダッタ〈注3〉がアルジュナを倒すために、ヴァイシュナヴァーストラを使おうとしました。

 アルジュナはこの兵器の危険性を認識していませんでしたが、彼の戦車の御者を務めていたクリシュナはよくわかっていたため、その攻撃を自身の胸で受け止めました。

 さすがのヴァイシュナヴァーストラも、ヴィシュヌの化身であるクリシュナには通用せず、花輪に代わってしまったそうです。

 その後、バガダッタはアルジュナから反撃の矢を受け、首を斬られてしまったとか。

 この必殺兵器が無効化された理由は理解できるものの、バガダッタは災難でしたね。

 大神ヴィシュヌの化身が味方していたアルジュナには、勝てない運命だったということでしょうか。

 

 では、今回の記事はここまでです。

 次回は、インド神話の最強兵器を紹介します。


【注釈 3】

 

■3 バガダッタ

 

 バガダッタは、 プラーグジョーティシャ王国の王ナラカの息子であり、 ナラカ王朝の2代目の王 。

 象兵の扱いに長けていたという。

 バガダッタはクリシュナと敵対していたため、『クルクシェートラの戦い』ではカウラヴァ側に付いた。

参考・引用

■参考文献

●マハーバーラタ C・ラージャーゴーパーラーチャリ・奈良毅・田中嫺玉 訳 

●マハーバーラタ 山際素男 編著 三一書房

●ラーマーヤナ 河田清史 著 第三文明者

●新訳ラーマーヤナ ヴァールミーキ 著 中村了昭 訳 東洋文庫

●SIVA PURANA The ancient book of Siva RAMESH MENON 著  

●ヒンドゥーの神々 立川武蔵・石黒淳・菱田邦男・島岩 共著 せりか書房

●梵和大辞典  荻原雲来 編纂 講談社

●A Sanskrit English Dictionary M. Monier Williams 著 MOTILAL BANARSIDASS PUBLISHERS PVT LTD

 

■参考サイト

●Wikipedia

●ピクシブ百科事典

●コトバンク

●weblio辞書

●Wisdom Library

●Yogawiki