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密教の瞑想法――五相成身観 前編

五相成身観の概略

金剛界曼荼羅

 金剛界曼荼羅は、金剛頂経の世界観を描いた曼荼羅〈注6〉であり、真言密教の教主大日如来』の『智慧』を表わすとされています。

 

●画像引用 Wikipedia

弘法大師 空海

●画像引用 Wikipedia

時輪曼荼羅

 画像は、インド仏教(後期密教)最後の経典である『カーラチャクラ・タントラ(時輪タントラ)』の思想を描いた曼荼羅の『タンカ(チベットで仏教に関する人物や曼荼羅などを題材にした掛軸)』です。

 

 五相成身観について記した金剛頂経は中期密教の経典ですが、密教はそこで完結せず、さらに後期密教――チベット仏教においては『無上瑜伽タントラ(むじょうゆがタントラ)』と呼ばれる性的儀式を含んだ教義へと進んでいくことになりました。

 

●画像引用 Wikipedia

 『五字厳身観(ごじごんしんかん)』と並ぶ真言密教(真言宗密教)の代表的な瞑想法――『五相成身観(ごそうじょうじんかん)』を紹介したいと思います。

 

 五相成身観は、密教経典『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)〈注1〉』に記されており、『即身成仏(そくしんじょうぶつ)〈注2〉』に至るための修行法とされています。

 

 金剛頂経とは『10万頌(じゅ/※1頌は32音節)』に及ぶ膨大な量の経典ですが、日本において金剛頂経に言及する場合は、通常『初会金剛頂経/しょえ・こんごうちょうぎょう』の1部である以下を指します。

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 (金剛頂)一切如来真実摂大乗現証大教王経

 

 ●読み

 (こんごうちょう)いっさいにょらいしんじつしょう

 だいじょうげんしょう だいきょうおうぎょう

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 この長いタイトルの経典は、『不空金剛(ふくうこんごう)/略称:不空〈注3〉』という密教の大家によって漢訳されました。

 

 『初会金剛頂経』は『金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)』の典拠となった経典です。

 真言宗では根本経典とされ、もう1つの根本経典である『大日経(だいにちきょう)〈注4〉』と合わせて『両部大経(りょうぶたいきょう)』といわれています。

 

 ただ、金剛頂経と大日経では成立した場所と時代、それに思想的方向性も異なります〈注5〉。

 これを1つにまとめたのは、不空の弟子である『恵果(けいか)』の思想によるところが大きいでしょう。

 この恵果は、真言宗の開祖『弘法大師空海(こうぼうだいし・くうかい)』の師でもあります。

 入唐した空海が、恵果より学んだのは中期密教であり、日本の密教も基本的にこれを踏襲しています。

 

 この記事のテーマである五相成身観は、それまで(金剛頂経が登場するまで)の上座部仏教大乗仏教とは異なる『悟りへの道』です。

 金剛頂経は難解な経典であり、日本語に訳されていても意味がよくわからない部分も多々あります。

 ただ、五相成身観だけは割と明確になっており――「え、こんなんで『』になれるの?」――というほど(千日回峰行などの難行苦行と比べて)簡単な修行法に見えます。

 

 上記について、密教を志した修行僧ならこのカリキュラムを素直に信じることができるかもしれませんが、一般人なら疑問を抱くような内容でもあります。

 『和訳:金剛頂経(出版:東京美術)』の著者である津田眞一氏もその後書きにおいて――

 

「年来のいわゆる密教ブームの中で、(金剛頂経に見られる)『密教のシンボリズム』の効能を言い立てた人々の中に、自らこのシンボリズムそれ自体の根拠を問うた論者が1人でもあったか……(略)」

 

――というように『冷めた目』で見解を述べていました。

 要は、『真言マントラ)』や『三密(さんみつ)加持』などの密教における呪術性の根拠を問うているのです。

 さらに津田氏は、密教の歴史は呪術による悟りができなかったことを示しているという旨も書いていました。

 

 上記はとても鋭い指摘であり、ブログ主は深く考えさせられました。

 密教は、多くの『祈祷師(呪術師)』を輩出しただけであり、それ以上の思想的な意味はないのではないか――これは日本の密教の歴史を振り返ってもそう見える部分があります。

 ただ、悟りまではもたらさなかったとしても、実践者が(個人差はあれ)確実に呪術的な力を得られる(と思わせる)修行法となるのであれば、それはそれで意味があることではないかとも、ブログ主は考えています。

 

 五相成身観を端的に言えば、『真言の詠唱とセットになったイメージトレーニング(観想法)』です。

 故に最初から津田氏のような『論理的な認識』を抱いていては、この修行を繰り返すことはできないでしょう。

 

 ブログ主は密教の僧侶ではないので、この修行法を実践したら「仏のような超人的存在になれるのか? あるいは近づけるのか?」という問いに答えることはできません。

 個人的には、五相成身観は呪術による『能力開発』の一種だと考えています。

 過度な期待はしない方がよいでしょうが、実践すれば意識(現代風に言えば『』)の活性化に繋がり、(実践しないよりは)頭脳が冴え渡るくらいの『御利益』はあるかもしれません。

霊感の素質がある方が実践すれば、それ以上の能力が覚醒るかも?

 

 なんにせよ、上記については継続的な訓練を経なければわからないことでしょう。

 ということで、次章では五相成身観に必要と思われる情報を紹介していきます。


【注釈 1~6】

 

■注1 金剛頂経(こんごうちょうぎょう)

 『金剛頂経(サンスクリット語:वज्रशेखर सूत्र/vajraśekhara sūtra/ヴァジュラシェーカラ・スートラ)』における『一切如来真実摂大乗現証大教王経』のサンスクリット名は以下の通り。

 

 ●サンスクリット語

 सर्वतथागत तत्त्वसंग्रहं नाम महायान सूत्रं

 sarvatathāgata-tattvasaṃgrahaṃ-nāma-mahāyāna-sūtraṃ

 サルヴァタターガタ・タットゥヴァサングラハン・ナーマ・スートラ(ン)

 

 ●意味

 一切如来の真実を集めたものと名付ける大乗経典

 

■注2 即身成仏(そくしんじょうぶつ)

 即身成仏とは、仏教の修行者が(修行を通じて)今生の肉体のままで悟りを開き、仏になること。

 修行者が瞑想を続けて絶命し、そのままミイラになる『即身仏(そくしんぶつ)』とは異なるので注意。

  

■注3 不空金剛(ふくうこんごう)

 サンスクリット名は『アモーガヴァジュラ(अमोघवज्र/Amoghavajra)』。

 

■注4 大日経(だいにちきょう)

 大日経の正式な漢訳名は『大毘盧遮那成仏神変加持経(だいびるしゃなじょうぶつじんべんかじきょう)』。

 サンスクリット名は以下の通り。

 

 ●サンスクリット語 

 महावैरोचन अभिसंबोधि विकुर्वित अधिष्ठान वैपुल्यसूत्र इन्द्रराज नाम धर्मपर्याय

 mahāvairocana-abhisaṃbodhi-vikurvita-adhiṣṭhāna-vaipulyasūtra-indrarāja-nāma-dharmaparyāya

 マハーヴァイローチャナ・アビサンボーディ・ヴィクルヴィタ・アディシュターナ・ヴァイプリヤスートラ・

 インドララージャ・ナーマ・ダルマパリヤーヤ

 

 ●意味 

 大毘盧遮那成仏神変加持という方等経の大王と名付くる法門

 

■注5 金剛頂経と大日経では成立した場所と時代、それに思想的方向性も異なる

 大日経は7世紀中頃の西インドで成立したと考えられているが、他にはアフガニスタンの『カーピシャ(迦畢試国)/パルヴァーン州』、中インドの『ナーランダ』、西南インドの『ラーター(羅荼国)』、北インドの『カシミール』などで成立したという説もある。

 一方、金剛頂経(の基本形)は、7世紀中頃から末頃にかけての南インド(おそらくは『アマラーヴァティー』)で成立した。

 思想的方向性としては、大日経は大乗仏教の伝統に乗っ取った『行タントラ』であるのに対し、金剛頂経は『瑜伽タントラ』であるといわれている。

 つまり、大日経では他者への慈善活動(利他行)を重要視するのに対し、金剛頂経では個々人が(ブラフマンや大日如来のような)超越的存在との一体化を目指す(言い換えるなら個人主義的?)傾向が強いということになる。 

 

■注6 金剛頂経の世界観を描いた曼荼羅

  金剛界曼荼羅は、金剛頂経で説かれる28種の曼荼羅のうち『金剛会品』の曼荼羅6種、『降三世品』の曼荼羅2種に、『理趣経(りゅしゅきょう)』の曼荼羅を加えて『九会(くえ)⇒9つの小曼荼羅の集合』としたものである。

観想前の準備

結跏趺坐

半跏趺坐

●画像引用 曹洞宗北信越管区教化センターHP

月輪

●画像引用 海圓寺

インドラ(左)とヘラクレス(右)

●画像引用 Wikipedia

金剛杵

 画像は各種の金剛杵。

 左から五鈷杵、三鈷杵、独鈷杵、羯磨金剛。

 

●画像引用 コトバンク

 五相成身観の実践に入る前に、座法について言及したいと思います。

 

 五相成身観はインド系の修行なので、観想の際の姿勢はやはり『結跏趺坐(けっかふざ)』が望ましいと思われます。

 結跏趺坐とは、左画像のように足を交差させつつ腿に乗せる座法ですが、足首などが硬い方には難しいでしょう。

 そういう方におすすめしたいのが『半跏趺坐(はんかふざ)』です。

 こちらは腿に乗せる足が片方だけなのでかなり楽です。

 柔軟体操などを行って結跏趺坐に慣れるまでは、こちらの座法で観想するのが適切かと思われます。

 

 また、五相成身観にはポイントとなる2つの『象徴(シンボル)』があります。

 実践の前にあらかじめそれらを認識しておいた方が、より集中し易くなるかもしれません。

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●象徴・その1 月輪(がちりん) 

 

 密教では『月』――それも『満月』のイメージが重要視されています。

 真言密教の本尊は、『大日如来』という太陽神を連想させる如来(仏)ですが、観想で思い描くのは『日輪』ではなく『月輪』なのです。

 

 密教の定義では、大日如来が放つ光は太陽光ではなく、それを超えた『智慧慈悲の光』ということになっています。

 故に、光が強過ぎてくっきりと『影』を生じさせる日輪(太陽)よりも、優しく闇夜を照らす月輪の方が大日如来の光を表現している――このように考えられたようです。

 

 2世紀のインドの名僧――『龍樹(りゅうじゅ)』の著書とされた『菩提心論(ぼだいしんろん)〈注7〉』には、以下のような言葉があります。

 

「我、自心を見るに形月輪の如し、如何が故に月輪を以て喩とするならば、謂く、清月自明の体は、即ち菩提心と相類せり」

(自分の心は月のようだ。なぜ月で例えるかというと、清くて明るい月は『菩提心(ぼだいしん)』の姿とよく似ているからだ)

 

 『菩提心(ぼだいしん)』とは『悟りを求める心』のことです。

 密教では、この菩提心の象徴を『満月』とし、五相成身観を含めた各種の観想法に用いるのです。

 なお、月輪のみに焦点を当てた観想法は『月輪観(がちりんかん)』と呼ばれています。

 

●象徴・その2 金剛杵(こんごうしょ)

 

 『金剛杵』とは、サンスクリット語では『ヴァジュラ(वज्र/vajra)』と呼ばれ、元々はインド神話の神々の王――インドラの武器である雷電のことです。

 

 『インドラの雷電=ヴァジュラ』の形状は、『リグ・ヴェーダ(神々への讃歌集)』などにおいて特に言及されていません。

 これが金剛杵(左画像参照)のような形状の武器として考えられるようになったのは、ギリシア神話の英雄である『ヘラクレス(ヘーラクレース)』の棍棒が源流〈注8〉になったからだとか。

 このヴァジュラは、やがて『ダイヤモンド(金剛石)』、あるいは『ダイヤモンドのように固いもの』も表すようになり、漢訳では『金剛杵』と表記されました。

 

 密教においては『煩悩を打ち砕く武器』とされ、重要な法具となっています。

 金剛杵は両端の刃の数や形状に応じて――

独鈷杵(とっこしょ)』『三鈷杵(さんこしょ)

五鈷杵(ごこしょ)』『七鈷杵(ななこしょ)』

『九鈷杵(きゅうこしょ)』『羯磨金剛(かつまこんごう)

――などがあり、それぞれ密教法具としての意味が異なります。

 

 五相成身観にて、観想の対象となる金剛杵は五鈷杵であり、これは大日如来の智慧『五智(ごち)』を表すとされています。

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 以上、月輪・金剛杵という五相成身観のポイントを挙げてみました。

 

 では、次章より五相成身観の具体的な内容について確認していきましょう。


【注釈 7~8】

 

■注7 菩提心論

  正式には『金剛頂瑜伽中発阿耨多羅三藐三菩提心論(こんごうちょうゆがちゅうほつあのくたらさんみゃくさんぼだいしんろん)』という。

 密教経典であり、空海は龍猛(龍樹)の著作を不空が訳したと解釈しているが、実際には中国にて撰述されたというのが有力な説のようだ。

アダド(左)

金剛杵の一種――三鈷杵(中央)

ニヌルタ(右)

●画像引用 Wikipedia、滝田商店

■注8 『ヘラクレス(ヘーラクレース)』の棍棒が源流

 マケドニアアレクサンドロス(3世)大王が東方に向けて大遠征を行ったことがきっかけとなり、古代ギリシア古代オリエントの文化が融合――これが『ヘレニズム』と呼ばれるようになった。

 このヘレニズム時代に、ガンダーラ地方では古代ギリシアの神々・英雄が美術の中に取り込まれ、ブッダの隣に立つヘラクレスなどが描かれるようになった(⇒ガンダーラ美術)。

★参考サイト:日本美術研究所

 

 このヘラクレスは、後に仏教の守護神『執金剛神/しゅこんごうじん(サンスクリット語:वज्रपाणि/Vajrapāṇi/ヴァジュラパーニ)』となり、ヘラクレスの棍棒は密教における金剛杵のような(両端に刃がついた)形状になったという。

※上記の説の他に、ヴァジュラパーニは元々『ヤクシャ(यक्ष/yakṣa/夜叉)』あるいは『グヒヤカ(गुह्यक/guhyaka)』と呼ばれる下級の鬼神だったという説もある。

 インドの鬼神が、後にヘラクレスのような力強さがある守護者の役割を担うようになったと考えるのが妥当だろう。

 

 なお、金剛杵の形状については、メソポタミア神話の神々(ニヌルタアダドなど)の武器がルーツに成った可能性もある。少なくとも、武器の形状としてはヘラクレスの棍棒よりもこちらの方が金剛杵に近い(左画像参照)。

※金剛杵とメソポタミアの神々の関係については、本シリーズとは別の記事で取り上げる予定。


五相成身観の実践

金剛杵(五鈷杵)

 五相成身観では、五鈷杵をイメージする必要がありますので、サンプル画像を載せます。

 画像右側の金剛杵の絵は三鈷杵ですが、五鈷杵を『真正面から見た形(各刃の位置関係により5つの刃が3つに見える)』として見立て、ブログ主が作成した五相成身観の参考図に挿入しています。

 

 なお、密教の五鈷杵は『5つの智慧=五智(ごち)』を表すとされています。 

 五智とは、密教の教主である大日如来の智慧を5種に分けて説いたものであり、内容は以下の通り。

 

 ●法界体性智(究極的実在それ自身である智)

 ●大円鏡智(鏡のようにあらゆる姿を照し出す智)

 ●平等性智(自他の平等を体現する智)

 ●妙観察智(あらゆるあり方を沈思熟慮する智 )

 ●成所作智(成すべきことを成しとげる智)

 

●画像引用 滝田商店

①通達菩提心

 五相成身観の第1段階『通達菩提心』では、胸に月輪があるイメージをします。

 この場合の月輪は、『ぼんやりとした月輪の輪郭』、あるいは『やや曇った月輪』が適切かもしれません。

②修菩提心

 五相成身観の第2段階『修菩提心』でも、引き続き胸に月輪があるイメージをします。

 この場合の月輪は、より明確な『満月』のイメージとなります。

③修金剛心

 五相成身観の第3段階『修金剛心』では、月輪の中に『金剛杵(五鈷杵)』をイメージします。

④証金剛心

 五相成身観の第4段階『証金剛心』では、月輪中の金剛杵に『金剛界』が入っていくイメージをします。

⑤仏身円満(大日如来のイメージ)

 五相成身観の第5段階『仏身円満』では、自分が『立派な身体的特徴を備えた仏陀』の姿になるイメージをします。 

 

●画像引用 Wikipedia

金剛界曼荼羅 成身会

 五相成身観の後、実践者は曼荼羅を形成する観想に移ります。

 その曼荼羅が、画像の『成身会(じょうしんえ)』となります。

 

 五相成身観によって悟りを得た実践者は、至高の仏陀として様々な事業を成すために、自身の心(胸)より各種の仏・菩薩〈注15〉を生み出す(そういうイメージをする)段階に入り、それらは成身会の曼荼羅のように配置されます。

 金剛頂経の記述によると、こうした菩薩たちは各密教呪術の『呪力の源(?)』となるようです。

 

●画像引用 MANDARA DUALISM

 金剛頂経では、教主である大日如来が『一切義成就菩薩(いっさいぎじょうじゅぼさつ)〈注9〉』に五相成身観を教えるという物語形式でその内容が説明されています。

 

 五相成身観で実践される5段階の観想は、それぞれ意味が深いのですが、単純にイメージトレーニングとして考えるなら、大して難しいことではありません。

 五相成身観の各段階の名称は以下の通りです。

 

 ①通達菩提心(つうだつぼだいしん)

 ②修菩提心(しゅぼだいしん)

 ③修金剛心(しゅこんごうしん)

 ④証金剛身(しょうこんごうしん)

 ⑤仏身円満(ぶっしんえんまん)

 

 本章では、各段階で唱えられる真言と共に、その内容を解説していきたいと思います。

※五相成身観の実践法は実は複数あるようですが、この記事では基本的に金剛頂経に書かれたままの内容を紹介します。

 

 各観想の際に唱えられる真言は――

 ●サンスクリット語のデーヴァナーガリー文字表記

 ●サンスクリット語のローマ字表記

 ●サンスクリット語のカタカナ表記

――という3種類の文字を並べています。

 

 これはより正確に真言を表記するためですが、読者の皆様は、基本的に『サンスクリット語のカタカナ表記』だけを見ていただければよいかと思われます。

 各真言の注釈には、日本の密教で唱えられる漢字音写の発音も載せますので、興味のある方はそちらもご参照ください。

 

 五相成身観の詳細は以下となります。

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①通達菩提心

 

 以下の真言を唱えながら、心(胸)に月輪があることをイメージします。

※真言の回数は「実践者が好きなだけ唱える」ということになっています(全5段階共通)。

 

 ॐ चित्तप्रतिवेधं करोमि

 oṃ cittaprativedhaṃ karomi

 オーン チッタプラティヴェーダン カローミ 〈注10〉

 意訳:オーン 私は心に通達する。

 

〈補足〉

 通達菩提心とは、自身の心を観察することです。

 真言の意訳について、金剛頂経の解説本によっては『心』の部分を『(自)心(の源底)』と補足をしている場合もあります。

 金剛頂経では、この段階における月輪は『月輪のような形』と書かれているので『ぼんやりとした光輪』、あるいは『やや曇った月輪』をイメージするのが適切かと思われます。

 

 心を観察すると、『煩悩という塵』によって曇らされているものの、その奥底には『清らかな月輪みたいなもの』が見えた――そういうことを意味する観想ですね。 

 

②修菩提心

 

 以下の真言を唱えながら、心(胸)に月輪があることをより明確にイメージします。

 

 ॐ बोधिचित्तमुत्पादयामि

 oṃ bodhicittamutpādayāmi 

 オーン ボーディチッタムトゥパーダヤーミ 〈注11〉

 意訳:オーン 私は菩提心を発する。

 

〈補足〉

 修菩提心とは、菩提心の象徴である月輪(のイメージ)を修練するということです。

 この段階で、ぼんやりとしていた月輪は明らかな『満月』として実践者の心に映るとされています(つまり実践者はそのようにイメージするということ)。

 

 上記のような観想法は、(呪文と合わせて)『象徴(シンボル)』を心の中で操作することにより、『象徴に秘められた呪術的作用』を発現するという意味があると思われます。

 こうした金剛頂経の方法論は、他の神秘主義(例:『黄金の夜明け団』などの西洋魔術)とも共通しています。

 

③修金剛心(しゅこんごうしん)

 

 以下の真言を唱えながら、月輪の中に金剛杵(五鈷杵)があることをイメージします。

 

 ॐ तिष्ठ वज्र

 oṃ tiṣṭha vajra

 オーン ティシュタ ヴァジュラ 〈注12〉

 意訳:オーン 立て、金剛杵よ。

 

〈補足〉

 自心の奥底を観察した結果、『月輪=菩提心(悟りを求める気持ち)』を発見したので、それをより明確に認識することにした――ここまでが『通達菩提心』と『修菩提心』の意味となります。

 

 『修金剛心』では、この菩提心をより強固なものとするために、堅固さの象徴とされる金剛杵(五鈷杵)を月輪の中にイメージします。

 これもまた呪術的な心理操作の一種ですが、金剛杵には『煩悩を打ち砕く武器』としての面もありますので、月輪を曇らせる『塵(煩悩)』を払うという意味も含んでいると思われます。

 また、 五相成身観における『月輪の中にある金剛杵』には、人間と『真理の世界』を繋ぐ要素もあるようです(理由は後述)。

 

④証金剛身

 

 以下の真言を唱えながら、宇宙に満ちている『金剛界』が、金剛杵の中に入っていく様子をイメージします。

 

 ॐ वज्रात्मकोऽहम्

 oṃ vajrātmako'ham 

 オーン ヴァジュラートゥマコーハム 〈注13〉

 意訳:私は金剛杵を本性とする者である。

 

〈補足〉

 「金剛界? なんのこっちゃ?」と読者の皆さんは思うところでしょう。

 ですが、仕方ないのです――金剛頂経にそう書かれているのですから(笑)。

 

 より厳密に言うと、『一切如来の身語心の金剛界』が上記の真言を唱えることにより金剛杵の中に入った――というのが証金剛身の内容でした。

 

 『真言宗教相全書・金剛頂経』の注釈によると、『一切如来』とは『全ての如来』ではなく、『全にして一なる如来』的なニュアンスがあるとのこと。

 経典の説明を読んでも、いまいちイメージし辛いのが正直なところです。

 

 この『金剛界(一切如来身語心金剛界)』とは『実在(真理)の世界』――プラトン哲学(プラトニズム)風に言えば『イデア』に当たります。

 無数の如来たちの身体と言葉と精神が1つに集合した(融け合って1つのエネルギー体と化した?)絶対の世界であり、本来は表現不可能とされているそうです。

 つまり、たくさんの如来がいても全員が無我の心で『同一の真理』の境地に達しているので、『全にして一なる存在』ということになるのかもしれません。

 そして月輪の中にある金剛杵が、実践者と『密教的なイデアの世界』を繋ぐことになるのです。 

 

 とはいえ、こうした説明では具体的なイメージをすることができません。

 証金剛身に関しては、『広観斂観(こうかんれんかん)』という補足的な観想法もあるそうです。

 この観想法では、『月輪中の金剛杵』を宇宙全体まで拡大し、続いてそれを小さくして再び胸中に収めるイメージをするとか。

 

 ただ、これは金剛頂経には記載されていないので、ブログ主的には、『万物の根源となる光のエネルギー』が金剛杵の中に入っていくようなイメージをすればよいのではないかと考えています。

 

⑤仏身円満

 

 以下の真言を唱えながら、自分が『立派な身体的特徴を備えた仏陀』の姿であるようにイメージします。 

 

 ॐ यथा सर्वतथागतास्तथाहम्

 oṃ yathā sarvatathāgatāstathāham

 オーン ヤター サルヴァタターガタースタターハム

 〈注14〉

 意訳:オーン 一切の如来たちがあるように、

        そのように私はある。

 

〈補足〉

 金剛頂経によると、この真言は『即身成仏させる仏身円満の真言』とされているとか。

 ここに至るまでの段階を経て、実践者は仏陀としてのあるべき性質を備えたとされ、最後に自身が大日如来の如き『王者の仏陀』としての相をイメージすることになります。

 

 金剛頂経のシナリオでは、この直後に『実践者(同経典では一切義成就菩薩)』は自身が如来であることを悟り、仏陀としての智慧を得た――ということになっています。

 

 この後、金剛頂経では次の段階――『金剛界曼荼羅』を形成する観想〈注:左画像参照〉に移りますが、五相成身観としてはここまでとなります。

 

★五相成身観で唱えられる真言の参考

सर्व तथागत तत्त्व सङ्ग्रह्

五相成身觀の西藏傳譯資料に就いて

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 呪術的観点から五相成身観をまとめると、以下のような意味があるといえるでしょう。

 

●通達菩提心・修菩提心

 『呪術的所作(ここでは指定のイメージを思い浮かべながら呪文を唱えること)』を経て、実践者に菩提心を確立させる。

※通達菩提心・修菩提心の呪術的所作は、呪文を唱えつつ月輪をイメ―ジすること。

 

●修金剛心

 呪術的所作を経て、月輪(菩提心)に金剛杵の性質を加えることで実践者の菩提心を強化し、なおかつ月輪(菩提心)を曇らせる塵(煩悩)を払う。

 

●証金剛身

 呪術的所作を経て、実践者は『真理の世界(イデア)』と繋がる。 

 

●仏身円満

 呪術的所作を経て、自身が仏陀の王である大日如来としての『ペルソナ(相)』を獲得する。

 

 イメージトレーニングに慣れていない方にとって、五相成身観は難しいかもしれませんが、繰り返し続けていけば、より鮮明なイメージを思い浮かべることができるでしょう。

 

 本ブログの記事『密教の瞑想法――五字厳身観』と同じく、こちらの記事でも観想用のまとめ図(下画像)を作成しました。

 試しに実践してみたいと思っている方はご参照ください。

 

 では、今回はここまでです。

 次回の記事では、五相成身観の思想的背景や大日如来が密教の教主とされるようになった理由について考察します。

 経典を読んだだけでは内容の意味が理解し難い五相成身観ですが、古い文献を調べていくことにより、その謎が解けるかもしれません。


五相成身観 まとめ図(①通達菩提心・②修菩提心)

五相成身観 まとめ図(③修金剛心・④証金剛心)

五相成身観 まとめ図(⑤仏身円満)

●画像引用 Wikipedia

注釈

【注釈 9~14】

 

■注9 一切義成就菩薩(いっさいぎじょうじゅぼさつ)

 一切義成就菩薩とは、金剛頂経における『悟りを開く前のブッダ(ゴータマ・シッダッタ)』のこと。

 金剛頂経では、歴史上の宗教家であるブッダを(同経典のシナリオに沿った)『修行実践者のモデル』として登場させた。

 

■注10 オーン チッタプラティヴェーダン カローミ

 上記真言(通達菩提心)の漢字音写の発音は以下となる。

 

 おん しったはらちべいとう きゃろみ

 

■注11 オーン ボーディチッタムトゥパーダヤーミ

 上記真言(修菩提心)の漢字音写の発音は以下となる。

 

 おん ぼうちしったぼだはだやみ

 

■注12 オーン ティシュタ ヴァジュラ

 上記真言(修金剛心)の漢字音写の発音は以下となる。

 

 おん ちしゅた ばざら

 

■注13 オーン ヴァジュラートゥマコーハム

 上記真言(証金剛身)の漢字音写の発音は以下となる。

 

 おん ばざらたまくかん

 

■注14 オーン ヤター サルヴァタターガタースタターハム

 上記真言(仏身円満)の漢字音写の発音は以下となる。

 

 おん やた さらばたたぎゃたさたたかん

  

■注15 (成身会の)各種の仏・菩薩

 金剛界曼荼羅の成身会では、大日如来(としての実践者)も含めて計37尊が鎮座する構図になっている。

参考・引用

■参考文献

●和訳 金剛頂経 津田真一 編著 東京美術

●真言宗教相全書5 金剛頂経(上) 三井淳司 執筆、乾仁志 編集、宮崎宥勝 監修 四季社

●五相成身觀の西藏傳譯資料に就いて 酒井紫朗 著(論文)

●インド密教における曼荼羅の変遷 黒木賢一 著(論文)

●ウパニシャッド 佐保田鶴治 著

●リグ・ヴェーダ讃歌 辻直四郎 訳 岩波文庫

●ヒンドゥーの神々 立川武蔵・石黒淳・菱田邦男・島岩 共著 せりか書房

●梵和大辞典  荻原雲来 編纂 講談社

●A Sanskrit English Dictionary M. Monier Williams 著 MOTILAL BANARSIDASS PUBLISHERS PVT LTD

 

■参考サイト

●Wikipedia

●WIKIBOOKS

●Wikiwand

●ニコニコ大百科

●ピクシブ百科事典

●コトバンク

●goo辞書

●सर्व तथागत तत्त्व सङ्ग्रह्

●Trang thông tin chính thức của Liên Phật Hội

●那須波切不動尊金乗院HP

●海圓寺

●曹洞宗北信越管区教化センターHP

●浄土宗大辞典

●密教会HP

●प्रज्ञापारमिता

●世界の瞑想法

●WORLD ROOTS

●蓮の糸

●MANDARA DUALISM

●まめぞうのお腹の中