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ニンギルス(ニヌルタ)ーー最古の武神 その1

【はじめに】

 

 この記事は、2020年3月21日(ブログ開設時)に公開した『ニンギルス――最古の武神』の再編集版です。

 そのため、内容は「このブログにおいて1番最初に公開した記事」という前提となっておりますので、あらかじめご了承ください。

ニンギルスのジッグラト

ニヌルタ

●画像引用 Wikipedia

 最古の文明とされるシュメールの時代から崇拝されたメソポタミア神話の戦いの神『ニンギルス(あるいはニヌルタ)〈注1〉』の解説記事です。

 この神は、一般的には『ニヌルタ(ニンウルタ)』という名前の方で知られていることでしょう。

 

 ニンギルス(ニヌルタ)は、『戦争』や『農耕』の神としての面が注目されがちですが、実は『書記』の神でもあります。

 メソポタミアで書記の神と言えば『ナブー』が有名ですが、ニンギルスは、そのナブーに先行する書記の神だったのです。

※なお、シュメールにおいて代表的な書記の神は『ニサバ女神』です。

 

 様々な記録をもとに様々な伝承を記すことになるこのブログ『𒀭Sky Oracle』では、それを始めるに当たり、まずはこの『最古の書記の神』について記事を書くことにしました。

 夢で啓示を受け、ニンギルスのために神殿を立てたグデア王ではないですが、このブログを、書記の神でもあるニンギルスに捧げる『情報世界のジッグラト』――つまり『聖塔』として、少しずつ『建設』していきたいと思っています。

 

 もっとも、公正・公平を信条とする『我が内なる(自称)歴史家魂』故に、この神にとっても都合の悪いことをたくさん書き込むかもしれません…………(というか多分書く)。

 しかし、偏った思想に沿ってプロパガンダ的な記事を書くよりも、実直に見解を述べていく方が――最古の時代より堂々たる武勲を残してきた――ニンギルスという神をシンボルとするこのブログには、相応しい姿勢かとも思っています。

 

 では、いにしえより崇拝されたきたこの武神は、どのような神だと考えられたのでしょうか。


【注釈 1】

 

■注1 『ニンギルス(あるいはニヌルタ)』

 上記の神名の意味を考えてみよう。

 『ニンギルス』に当てられた楔形文字は『𒀭𒎏𒄈𒋢(dingir-nin-ĝir2-su)』である。

 『𒎏(nin/ニン)』は『queen(女王・王妃)/mistress(女主人)』、『𒄈𒋢(ĝir2-su)』は一般的にシュメールの都市『ギルス』を指していると考えられているので、名前の意味は『(都市)ギルスの女王』となる。

 また、『𒄈𒋢(ĝir2-su/ギルス)』には『burning(燃えるような・燃焼)』や『purification(浄化・精製)』という意味もあるので、『燃ゆる女王』という訳をすることもできるだろう。

 

 『𒄈𒋢(ĝir2-su/ギルス)』の楔形文字を分解してみると、『𒄈(ĝir2/ギル)』には『knife(ナイフ)』や『lightning(稲妻)』、『𒋢(su/ス)』には『body(身体)』という意味があるので、『雷光によって輝く神の姿』を神格化した可能性もある。

 ただ、ニンギルスは『青銅の神』ともいわれているので、その神名は『銅を精製する火』に由来するのかもしれない。

 

 一方、ニヌルタは古くは『ニニブ』と呼ばれ、楔形文字では『𒀭𒎏𒅁(dingir-nin-ib)』が当てられた。

 『𒅁(ib/イブ)』には『corner(角/かど』『angle(角度・隅)』『nock(弓筈(ゆはず)・矢筈(やはず)』 などの意味があるので、ニニブの訳としては『(中央ではない)隅の地域の女王』という解釈もできそうである。

 都市としてのギルスは、シュメール時代を通じてそれなりに繁栄しており、グデア王の時期に最盛期を迎えているので、上記の訳は適切ではないかもしれない。

 ただ、シュメールの初期王朝時代の頃から繁栄していた『キシュ』『ニップル』『ウル』『ウルク』などの都市と比べると、ギルスは見劣りしたのではないだろうか。

 

 ニニブという名称は、『ニヌルタ(nin-urta)』とも呼ばれるようになり、この神名が現在まで広く知れ渡っているが、『𒅁』の楔形文字を『urta(ウルタ)』と読ませるようなシュメール語は確認できなかった。

 語音が類似しているシュメール語の単語として、『ウルダ(楔形文字:𒍏/uruda)』があり、こちらは『銅』を意味しているので、『urta(ウルタ)』は『uruda(ウルダ)』の別称(訛り?)だった可能性はある。

 この場合、ニヌルタの名前の意味は『銅の女王』ということになるが、それなら「なぜ銅を指す楔形文字が神名に含まれなかったのか」という疑問は残る。

 なお、アッカド語には『urutu(ウルトゥ)』という単語があるが、こちらの意味はよくわかっておらず、可能性として『observation(観察・観測)』がその候補として挙げられている。

 

 上記の名前のいずれにも共通していることは、『𒎏(nin/ニン)= queen(女王・王妃)/mistress(女主人)』があることだ。

 一般的に『ニンギルス(ニヌルタ)』は男神だと考えられているが、大元を辿れば女神、あるいは両性具有的な神だったのかもしれない。

 それが男神とされるようになったのは、『原初のニンギルス(ニヌルタ)=女神?』を崇拝していた王も、『ニンギルス(ニヌルタ)』の性質として吸収されていったからではないだろうか。

 

 この他、『𒀭𒎏𒅁』には『Lord [of] Barley(大麦の主)』という意味がある可能性も考えられている。

ニンギルス(ニヌルタ)の神性

アッシュルバニパル

 『アッシュルバニパル(Assurbanipal)』は新アッシリア帝国の王であり、史上初めて古代オリエント(メソポタミアからエジプトに及ぶ地域)を統一した王です。

 学問への関心も高く、彼が建設した『アッシュルバニパルの図書館』はよく知られています。 

 

 アッシュルバニパルの没後、 アッシリアは急速に滅亡へと向かいましたが、上記の図書館の遺跡(多くの粘土板を含む)は、メソポタミア研究において貴重な資料となりました。

 

●画像引用 Wikipedia

 ニンギルス(ニヌルタ)の神性は、農耕・治癒・狩猟・法律・書記・戦争に関連しています。

 

 ニンギルス(ニヌルタ)に言及した最古の記録では、『農業と治癒の神』とされ、この神には、人間の病気を治し、悪魔の力を取り除く霊威があると考えられていたようです。

 メソポタミアの地域において戦争が多発するようになると、ニンギルス(ニヌルタ)は(農耕神としての性質を残しつつも)『戦争の神』として崇拝されるようになりました。

 

 ニンギルス(ニヌルタ)は、シュメール神話の実質的な主神である『エンリル』の息子とされ、シュメールの初期王朝時代では、都市『ニップル』にあった『エシュメシャ神殿(楔形文字:𒂍𒋗𒈨𒁺/e₂-šu-me-ša₄)』が、主な信仰の中心地となっていました。

 シュメール人を支配した『アッカド王朝(前2334年~前2154年)』が滅亡した後、ニンギルスは都市国家『ラガシュ』の王『グデア(在位:前2144~2124年)』に特に崇拝され、グデアはラガシュにおいてニンギルスの神殿を再建しました。

 

 その後――ニンギルスよりもニヌルタの名前の方が唱えられるようになった時代――になると、この神は強力な戦士の守護神として、特にアッシリアにおいて崇拝されるようになりました。

 これは、ニヌルタの父神とされたエンリルが、アッシリアの国家神『アッシュル』と同一視されたこととも関連していたでしょう。

 以後、ニヌルタは、アッシリアという国家と運命を共にした感があり、アッシリアの滅亡と共にこの神への信仰は衰退していきました。

 

 文明が始まった頃は、(病気や悪魔など)人々を苦しめる存在から人々を救うとされた神が、メソポタミア文明の後期になると、『戦争(殺戮)の神』という性質のみが強調されるようになったのは皮肉な話です。

 上記については、「神の性質が人の欲求と無関係ではなかった」ということの証ともいえるでしょう。

 

 では、最古の時代におけるニヌルタは、神話においてどのように描かれたのでしょうか。

※次章より、ニンギルス(ニヌルタ)の表記を(基本的に)『ニヌルタ』で統一します。


ルガル・エ(ニヌルタの冒険)――概要

叙事詩『ルガル・エ』が書かれた粘土板

 『ルガル・エ』は、紀元前3千年紀後半に作られたシュメール語の叙事詩です。

 最古の言語(の1つ)とされるシュメール語は、当時の人々にとっては難解と感じられ、この叙事詩は、やがてアッカド語に翻訳されていきました。

 

●画像引用 Yale University

悪魔『アサグ』といわれる彫像

●画像引用 Wikipedia

 ニヌルタに纏わる最古の神話は、叙事詩『ルガル・エ(楔形文字:𒈗𒂊/Lugal-e)』です。

 『ルガル・エ(Lugal-e)』とは、この叙事詩における冒頭のフレーズ〈注2〉であり、『王(Lugal)』を意味するシュメール語の能格です。

※英語版では、『ルガル・エ(Lugal-e)』は『O king(王よ)』と訳されています。

 

 『書物の題名』という概念が発達していなかった時代、特定の書物を表わす際に、冒頭の数語を用いるのが通例だったそうですが、学者により、このニヌルタの叙事詩は『Ninurta's Exploits(ニヌルタの冒険)』という現代的なタイトルが付けられたとか。

 

 『ルガル・エ』では、ニヌルタが『シャルウル(楔形文字:𒊹𒃡/šar2-ur3)〈注3〉』という神的な棍棒を振るい、『アサグ(楔形文字:𒀉𒉺/a2-sag3)』という悪魔を討伐する物語が描かれています。

 アサグとその軍勢を討伐した後、ニヌルタは灌漑農業のために山を築き、小川・湖の流れがティグリス川ユーフラテス川に向かうよう開発を進めました。

 

 アサグが『病気を引き起こす悪魔(悪霊)〈注4〉』とされたことも考えると、この叙事詩におけるニヌルタは、『武神』『農耕神』『医療神』という3つの神性が描かれていることになります。

※メソポタミアでは、病気は悪霊の仕業と考えられる傾向がありました。

 

 また、 ニヌルタには『の神』としての神性もあるので、(『ルガル・エ』の内容と合わせて判断すると)この神は『自然神』というよりは『文明神』としての傾向が強いのかもしれません。

 

 上記の神話が描かれた通り、メソポタミアでは古くから灌漑農業が発達していたため、その成果は天候に依存しませんでした。

 故に、ウガリット神話(カナン神話)やギリシア神話のように『嵐の神(雷神)』が主神になることはなく、メソポタミアの嵐の神『アダド(シュメール名:イシュクル)』は、エンリルやニヌルタの助手的な神格として描かれることもありました。

 さらに言えば、エンリルやニヌルタにも『嵐の神』としての神性があったため、アダドの役割は両神ほど重要には見られていなかったと思われます。

 

 なお、『嵐の神』を主神とする神話――ウガリット神話・ヒッタイト神話インド神話・ギリシア神話など――では、しばしば(『嵐の神』が)『古き神々』を打倒し、主神として成り上がる物語が描かれました。

 その『古き神々』の中にニヌルタも含まれているとしたら、文明神が自然神に敗北したという解釈もできます。

 そうした神話は、我々にどんな示唆を与えるのでしょうか……。

 

 では、今回はここまでとし、次回より『ルガル・エ』の内容を少しずつ確認していきたいと思います。

 執筆完了までお待ちを!


【注釈 2~4』

 

■注2 『ルガル・エ(Lugal-e)』とは、この叙事詩における冒頭のフレーズ

 叙事詩『ルガル・エ』は、「Lugal-e ud me-lám-bi nir-gál」という文で始まる。

 古いアッカド語――古バビロニア語(紀元前1950年頃 – 紀元前1530年頃)――の写本では、格助詞『e』が省略され、単に『lugal』で始まっていたが、紀元前1千年紀初頭の2つの写本では、構成の最初の単語『lugal-e』に因んで命名されていた。

 

■注3 シャルウル(楔形文字:𒊹𒃡/šar2-ur3)

 シャルウルとは、『数多を薙ぎ倒す(者)』――šar2(many/多数の)+ ur3(mow down/薙ぎ倒す)――を意味するニヌルタの武器であり、シンボルである。

 シュメール神話の資料には、会話ができる魔法のメイスと記されている。

 シャルウルは、(『アーサー王伝説』など)他の神話に登場する同類の武器の前身である可能性も指摘されている。

 

■注4 アサグは『病気を引き起こす悪魔(悪霊)』

 『アサグ(a2-sag3)』を表わす楔形文字『𒀉𒉺』は、シュメール語で病気を意味する『アシグ(a2-sig3)』に当てられた字と同じである。

参考・引用

■参考文献

●古代オリエント集(筑摩世界文學体系1) 筑摩書房

●古代メソポタミアの神々 集英社

●古代メソポタミアの神話と儀礼 月本昭男 著 岩波書店

●The Devils And Evil Spirits Of Babylonia R. Campbell Thompson 著
●SUMERIAN LEXICON JOHN ALAN HALLORAN Logogram Publishing

●A Concise Dictionary of Akkadian Jeremy Black、Andrew George、Nicholas Postgate 編集、Harrassowitz Verlag

●シュメル―人類最古の文明 小林登志子 著 中公新書 

●シュメル神話の世界―粘土板に刻まれた最古のロマン 小林登志子 著 中公新書

●古代メソポタミア全史 小林登志子 著 中公新書

 

■参考サイト

●Wikipedia

●WIKIBOOKS

●Wikiwand

●ニコニコ大百科

●ピクシブ百科事典

●コトバンク

●goo辞書

●世界史の窓

●Yale University

●The Met

●Wayback Machine

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