イルミナティカードとクトゥルフ神話 その3

ネクロノミコンとオカルト文書

ジョン・ディー(左)とエドワード・ケリー(右)

 若年の頃から優秀な学生として知られたジョン・ディーは、エリザベス1世に寵用され、オカルティストとしての栄華を極めましたが、それが生涯続くことはありませんでした。

  聖職者たちから魔術的な活動について反対され、ディーとエドワード・ケリーとその妻たちは英国から出ていかざるを得なくなってしまったのです。

 ディーの一行はポーランドボヘミアを遍歴。

 各国の王宮などで様々な貴族たちに交霊実験や魔術を披露して評判となりました。

 ですが1595年、ケリーが神聖ローマ皇帝ルドルフ2世から魔術師の嫌疑をかけられて投獄されました。

 その後、ケリーは脱獄を試みましたが失敗。

 伝承によると、不十分な長さのロープで監獄塔から降りようとしましたが、墜落して脚を折り、その傷がもとで死亡したといわれています。

 上記の件もあり、ディーは英国に帰国。

 エリザベス1世はリッチモンドで自ら出迎え、彼をマンチェスターにあるキリスト教大学の校長に任命しましたが、1603年に即位したジェームズ1世が魔術嫌いであったため、ディーは引退することになりました。

 その後の彼は貧困のうちに死去したそうです。

 このように、ディーとケリーはオカルティストとして歴史上に名前を残しましたが、互いに晩年は寂しい結果となりました。

 

●画像引用 Wikipedia

ネクロノミコン断章

 1978年に発売された『The Necronomicon(ネクロノミコン断章)』の表紙です。

 この魔道書の設定では、ジョン・ディーが残した暗号文書がクトゥルフ神話に登場する魔道書『ネクロノミコン』だとされています。

 これ自体はフィクションの魔道書とされていますが、ジョン・ディーの暗号文書は後世に『エノク魔術』として体系化され、その儀式魔術は『黄金の夜明け団』をはじめとする近代以降の西洋魔術結社において実践されました。

 

 エノク語は、超古代文明の1つとされるアトランティス文明で使用されていた言語という説があるため、エノク魔術も必然的に『超古代文明の魔術』ということになるのですが、実際のところは不明です。

 1つの事実として、このエノク魔術は多くのオカルティストたちから重要視されました。

 これは、エノク魔術を通して不可思議な体験をする者がいたからだと思われます。

 

●画像引用 amazon.com

 今回は、クトゥルフ神話に登場する魔道書『ネクロノミコン』についての記事です。

 フィクション上の設定ではありますが、この魔道書が現実に存在する文献として同一視された例があります。

 

 例えば、『ジョン・ディー(John Dee:1527年7月13日~ 1608年または1609年)』の暗号文書(交霊文書)がそれに当たります。

 ジョン・ディーは、ロンドン生まれの錬金術師占星術師・数学者でした。

 彼は時の権力者であるエリザベス1世に寵愛され、『お抱え占い師兼霊能者』のような立場となりました。

 ジョン・ディーは、『エドワード・ケリー(Edward Kelley:1555年~1595年頃)』という霊媒師と組み、彼の水晶球透視によって天使の霊と交流した結果、太古の知識を授かったという逸話で知られています。

 ケリーが接触した天使たちは、『天使語』または『エノク語』なる言語で対話することがあったそうです。

 少なくとも、ディーとケリーは対外的にそう主張しましたが、一方で霊媒師のケリーは天使と称する霊が実は悪霊ではないかとも疑っていたとか。

 何にせよ、天使(?)から授かったとされる知識が、近代西洋魔術において『エノク魔術(Enochian magic)』とされ、魔術結社『黄金の夜明け団』にも取り入れられるようになったのです。

 

 時代は下って1978年、『The Necronomicon(ネクロノミコン断章)〈注1〉』というタイトルの書籍が出版されました。

 これは――

 

「ジョン・ディー博士が残した暗号文書が、実は伝説の魔道書――ネクロノミコンだったんだよ!!」

「ΩΩΩ< な、なんだってー!?」

 

――という設定を元に作成された一種の洒落本です。

 ただ、オカルト研究家としても知られた作家・評論家の『コリン・ウィルソン(Colin Wilson)』、それに本職のオカルティストである『ロバート・ターナー〈注2〉』の手が加わったため、この魔道書はそれなりにもっともらしい内容になっています。

 この『ネクロノミコン断章』がフィクションだったとしても、『ジョン・ディーの暗号文書=ネクロノミコン』と仮定するなら、実際に魔術結社で使用されている『エノク魔術』こそネクロノミコンではないかという想定もできます。

 ということは、イルミナティカードにある『ネクロノミコン』とは比喩であり、実は『エノク魔術』のことを指しているのでしょうか。

 

 実はジョン・ディー由来とされるエノク魔術も出版されており、日本では『高等エノク魔術実践教本』の名前で発売されています。

 この他、黄金の夜明け団に在籍していたオカルティスト『イスラエル・リガルディー(Israel Regardie)』が暴露した、同結社で実践していた魔術を記した書籍――『The Golden Dawn(日本版タイトル:黄金の夜明け魔術全書)』にもエノク魔術が含まれていました。

 

 両書籍には、イルミナティの陰謀論でいわれているような『人間の子供を生贄にする儀式』のことなどは書かれていません。 

 内容としては、魔術師になるに当たっての基礎的な訓練法や『やたら凝ったおまじない(1人での実践が難しい術もある)』があるくらいです。

 もちろん出版するに当たり、社会的なタブーに当たる部分は除いた可能性もありますが、少なくとも「読んだら発狂する」といわれた『クトゥルフ神話のネクロノミコン』ほどのインパクトはありません。

 ただ、この魔術を1つでも実践してみれば、発狂までは至らずとも、何らかの怪奇現象は起こるかもしれませんね…………

( ̄▽ ̄) ニヤリ

 

 なお、黄金の夜明け団は、創設者がフリーメイソン〈注3〉であるということもあり、フリーメイソンリーとの繋がりが強い魔術結社です。

 そして『ネクロノミコン断章』の製作に協力したロバート・ターナーは、黄金の夜明け団系列の魔術結社である『立法石団 (Order of The Cubic Stone)』の創設者の1人である上、この結社はターナーの意向もあってエノク魔術に傾倒していきました。

 

 こうした背景を踏まえると、先ほども述べた通り『ジョン・ディーの暗号文書=ネクロノミコン(的な書物)』ということだけは真実であると、『ネクロノミコン断章』の製作に関わった人々は思っていたのかもしれません。

 

 因みに『ネクロノミコン断章』が発売された前年に、これとは別のネクロノミコンの名を冠した書籍が出版されました。

 次の記事ではそれを見ていきましょう。


【注釈 1~3】

 

■注1 The Necronomicon(ネクロノミコン断章) 

 上記の魔道書は、日本版タイトルでは『魔道書ネクロノミコン』として1994年に発売された。

 『ネクロノミコン断章』や『サイモンのネクロノミコン』の他にも、複数のネクロノミコン系書籍が発売されている。

 

■注2 ロバート・ターナー

 ロバート・ターナー(Robert Turner)は、オカルティストの『セオドア・ハワード(Theodore Howard)』や『デイヴィッド・エドワーズ(David Edwards)』と共同で『立法石団(Order of The Cubic Stone)』 という魔術結社を創設したイギリスのオカルティストである(2013年没)。

 3人の創設者の中でも、ロバート・ターナーは特にエノク魔術に傾倒していた。

 元々「立法石団は黄金の夜明け団の系列から派生した結社である」と標榜していたため、他2人の創設者が退団してターナーの魔術的好みが強くなると、多くの団員が脱退し、立法石団は休止状態になってしまった。

 ※黄金の夜明け団にもエノク魔術は取り入れられていたが、主流となる教義はカバラ(ユダヤ教神秘主義)だった。

 

■注3 黄金の夜明け団の創設者

 黄金の夜明け団は、ウィリアム・ロバート・ウッドマンウィリアム・ウィン・ウェストコットマグレガー・メイザースという3人のフリーメイソンが創設者である。

 秘密結社イルミナティの離脱者を自称するジョン・トッドという人物が言うには、「黄金の夜明け団はロスチャイルド家の私的な魔術師の集会だった」とのことだ。

ネクロノミコンとメソポタミア神話

サイモンのネクロノミコン

 上記は1977年に発売された『サイモンのネクロノミコン(Simon Necronomicon)』の表紙です。

 

 この魔道書には、メソポタミアの神々に訴えかける様々な魔術が紹介されています。

 まだメソポタミア神話が余り知られていなかった1970年代後半、最古の神話の情報が豊富に載ったこの魔道書は、読書に対して大いに刺激を与えたことでしょう。 

 

●画像引用 Wikipedia

マルドゥク

 『サイモンのネクロノミコン』において、バビロニア神話の主神『マルドゥク(楔形文字:𒀭𒀫𒌓/marduk)』は、クトゥルフ神話に登場する『旧神』と同一視されました。

 単純に、怪物を退治する英雄神として、マルドゥクにこのような設定がされたのは理解できるのですが、この神は秘密結社『イルミナティ』で崇拝されている神の1柱といわれています。

 言い換えると、バビロン(バビロニア)の神であるマルドゥクは、キリスト教的な価値観からすれば悪魔に相当するのです。 

※イルミナティでは、悪魔崇拝が行われているといわれています。

 

 一説によると、キリスト教の魔王であるルシファーのルーツの1つがマルドゥクだという話もあるようです。

 

 『サイモンのネクロノミコン』の著者は、フリーメイソンと関係がありそうな『臭い』がします。

 そんな人物が、マルドゥクを善神として解釈するこの魔道書を書いたことには、何か陰謀論めいた意図があるのでしょうか。

 つまりイルミナティは『善神の使徒』だと、自分たちの立場を正当化するような……。

 

●画像引用 Wikipedia

 『ネクロノミコン断章』より先んじて発売されたネクロノミコン系の魔道書が『サイモンのネクロノミコン(Simon Necronomicon)』です。

  作者未詳とされており、『サイモン(Simon)』というペンネームの人物が、序文を書いています。

 一説によると、このサイモンとは魔術師アレイスター・クロウリーが指導者を務めていた『東方聖堂騎士団(Ordo Templi Orientis/略称:OTO)』の重役だった『ジェームズ・ワッサーマン(James Wasserman)』というアメリカ人のようです(英語版のWikipediaでは、はっきりとそう書かれています)。

 ワッサーマンは作家でもあり、クロウリーが執筆した書籍の出版に尽力した人物でもあります。

 先に紹介した『ネクロノミコン断章』と同じく『サイモンのネクロノミコン』もフィクションの魔道書ですが、本格的なオカルトの専門家が製作に参加したという点においても共通していることになります。

 

 『サイモンのネクロノミコン』の特徴は、クトゥルフ神話とメソポタミア神話を結び付けているところです。

 インターネット環境が整備されていない1977年の出版であるためか、メソポタミア関係の情報収集・精査が甘く、この魔道書にはちらほら神話関連の情報に誤りと思われる部分が見られます。

 ただ、架空の神話と定義されたクトゥルフ神話が、実は最古の神話(メソポタミア神話)のことを暗示していた――という設定は、クトゥルフ神話のファンにとって魅力的だったのでしょうか。

 『サイモンのネクロノミコン』は、この手のオカルト書籍としては異例の累計80万部以上の売上を出しました。

  

 魔道書ということで、その内容の大部分は魔術儀式と呪文が大半を占めていますが、より興味深いのはこうした魔術を成立させるための『神話的背景』です。

 この魔道書では、メソポタミア神話に基づくとされた『善悪の抗争』が語られており、それはクトゥルフ神話における『(善なる)旧神 VS (悪なる)旧支配者』という構図に対応させられています。

 そしてクトゥルフ神話における旧神に対応するのがマルドゥクを筆頭とする『アヌンナキの神々〈注4〉』となっており、旧支配者に対応するのがティアマトなどの『原初の神々』となっているのです。

 つまり『サイモンのネクロノミコン』の元になる神話は、メソポタミア神話においてマルドゥクとティアマトの戦いを綴った創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』となるのです。

 ただ、『エヌマ・エリシュ』において描かれた『古き神々と新しき神々の戦争』は、本質的には権力闘争であり、そこに『善悪』というイデオロギー要素はありません。

 こうした解釈は、あくまで『サイモンのネクロノミコン』のみの設定であるといえます。

 

 また、この魔道者では、ラヴクラフトとクロウリーの繋がりについて述べられています。

 この2人には面識がないはずですが、「クトゥルフ神話の世界観とクロウリーの神秘思想には共通点がある」——と、この魔道書では言及されており、「両者は無意識的に共通の怪物的存在を感知・認識していたのだ」と作者は主張したかったようです。

 上記のようなことは、英国のオカルティストーーケネス・グラントによりすでに唱えられていたので、オカルティストの間では割とポピュラーな説だったのかもしれません。

 メソポタミア神話は最古の神話となるので、単純に『古き神々』という意味では外れてはいないかもしれませんが、この神話をクトゥルフ神話的な意味での善悪の体系として当て嵌めるのは、少し無理があるような気がします。

 そもそもラヴクラフト自身は、『善悪の抗争』については余り語っておらず、神々の宇宙戦争のテーマはメソポタミア神話ではなく、旧約聖書偽典『エノク書』に由来しているそうです。

 そういう意味では、一神教で悪魔とされたメソポタミアの神々の方が、クトゥルフ神話における『旧支配者』――つまり悪役の怪物になるかもしれません。

  

 総じて考慮すると、『サイモンのネクロノミコン』は古代において実際に信じられていた神話と話を合わせることにより、説得力は出しているものの、やはり創作の域を出ないといえます。

 ただ、ジェームズ・ワッサーマンが属していた東方聖堂騎士団は、当初フリーメイソンを模倣したメイソン関連の『友愛結社』として設立されたことは無視できないでしょう。

 『ネクロノミコン断章』の製作に協力したオカルティスト――ロバート・ターナーが属していた立法石団も、フリーメイソンに関連がある『黄金の夜明け団』系列の魔術結社でした。

 そう、出版された2つのネクロノミコンは、間接的にフリーメイソンという友愛結社に繋がってくるのです。

 これがイルミナティカード『友愛結社』において、クトゥルフと思われる像が描かれた理由なのでしょうか……。

 

 なお、紹介した2つのネクロノミコン(出版物)とは別に、ネクロノミコンを思わせる不可解な謂れのある書物――しかもイルミナティと関係があると思われる書物が存在します。

 創作されたネクロノミコンに含まれる内容には、実はその書物に繋がる情報もあるのです。

 次回はその書物について探ってみましょう。


【注釈 4】

 

■注4 アヌンナキの神々

 アヌンナキ (Anunnaki)あるいはアヌンナク(Anunnaku)とは、シュメールおよびアッカドの神話に関係する神々の集団。

    この神々の集団には、上級の神々(=アヌンナキ)に対し、それに仕える『下級の神々=イギギ』という集団もあり、マルドゥクはそのリーダーとされたので、見方を変えれば、エヌマ・エリシュは単にマルドゥクとティアマトの戦いを描くだけでなく、マルドゥク率いるイギギがアヌンナキから権力を奪う物語でもある。

 アヌンナキは一般的に『天界の神々』と解釈されているが、バビロニア神話以降では『地下世界の神々』となっており、天界の神々は、イギギとされるようになった。

 上記の理由として、バビロニアがメソポタミアの覇者となったことにより、その国家神であるマルドゥク(イギギのリーダー)が神々の王とされるようになったからだと思われる。

参考・引用

■参考文献

●魔道書ネクロノミコン ジョージ・ヘイ  編集 大瀧啓裕 訳

●高等エノク魔術実践教本 ジェラルド・J. シューラー 著、岬健司 訳 国書刊行会 

●黄金の夜明け魔術全書1 イスラエル・リガルディー 編、江口之隆 訳、秋端勉 責任編集 国書刊行会

●現代魔術の源流 『黄金の夜明け団』入門 チック・シセロ + サンドラ・タバス・シセト 著、江口之隆 訳 ヒカルランド

●ILLUMINATI New World Order  STEVE JACKSON GAMES

●イルミナティカードの悪魔の予言:恐怖の陰謀 天野翔一郎  著 リアル出版

●ラヴクラフト全集 H・P・ラヴクラフト 著 創元推理文庫

●真ク・リトル・リトル神話体系 H・P・ラヴクラフト他 著 国書刊行会

 

■参考サイト

●NECRONOMICON by Simon(http://lovecraft.ru/texts/necro/simon_eng/index.html)

●Wikipedia

●ニコニコ大百科

●ピクシブ百科事典

●コトバンク

●TOKYORITUAL