· 

グリゴリとネフィリム――堕天使の文明 その1

『罪人(カイン)』の世界

世界最初の殺人者 カイン

𒉡画像引用 Wikipedia

 本ブログを開設した頃、ブログ主は『大洪水以前の世界』という記事を公開しました。

 世界各地の神話では、世界を滅ぼすほどの大洪水の物語が伝えられています。

 では、大洪水以前の世界はどのような状況だったのか?――上記の記事では、以下の5つの神話を例に挙げ、そのことについて考察したのです。

 

一神教の神話(出典は主に旧約聖書エノク書

メソポタミア神話

ギリシア神話

インド神話

ゾロアスター(イラン)神話

 

 今回は『①一神教神話における大洪水以前の世界』をさらに深掘りし、その文明において中心的な役割を果たしたと思われる堕天使グリゴリ』、そしてその子(巨人と伝えられる)『ネフィリム』のことも考察したいと思います。

 

 上記について考える前に、1つ重要なことがあります。

 それは、(聖書の記述を信じるなら)大洪水以前の世界は人類最初の殺人者『カイン』の子孫が主流になっていたという事実(あるいは『設定』)です。

 言い換えるなら、聖書で言うところの『義人(神視点において正しい人)』よりも『罪人』の方が権力を握っていたことになります。 

 その状況が一向に改善されず、世界が荒廃したため、『神(ヤハウェ)』は大洪水によって世界を一掃した――というのが『旧約聖書創世記)』の筋書きです。 

 

 では、『人類最初の人殺しの一族』は、どのようにして旧世界の支配者となったのでしょうか。

 各種の文献を紐解き、その謎に迫っていきましょう。


カインとアベル

アダムとイヴ

𒉡画像引用 Wikipedia

アベル

𒉡画像引用 Wikipedia

 旧約聖書(創世記)によると、神が最初に創造した人間は『アダム(Adam)』と呼ばれています。

 このアダムの肋骨から創造された最初の女性が『イヴ(Eve)〈注1〉』です。

 2人は『エデンの園』を追放〈注2〉された後、長男の『カイン(Cain)』、次男の『アベル(Abel)』という2人の子をもうけました。

 

 2人が成長すると、カインは『大地に仕える者(農夫)』となり、アベルは『羊を飼う者(羊飼い)』になったとされています。

 つまり、カインが最初の農耕民アベルが最初の遊牧民というわけです。

 この2人について、創世記では以下の物語が伝えらえています。

------------------------------------------------

 ある日、カインとアベルは神に供物を捧げました。

 カインは『大地の実り(農作物)』、アベルは『肥えた羊の初子』を持ってきたのですが、神が受け取ったのはアベルの供物だけであり、カインの供物は無視しました。

 神の態度に怒ったカインは、顔を伏せたと伝えられています。

 この時、カインが抱いた負の感情〈注3〉は、やがて弟へと向けられました。

 供物の一件の後、カインは「畑に行こう」とアベルを誘うと、そこで彼を殺害したのです。

 これが『人類最初の殺人』とされています。

 

 殺害方法は記されていませんが、旧約聖書にてアベルの出血が記されていること、そして鍛冶屋が出現する以前の出来事――鋭利な刃物がなかった時代――だったことを考えると、おそらくアベルは撲殺されたのでしょう。

 

 その後、いなくなったアベルの行方について神に問われたカインは「知りません。私は弟のお守り役でしょうか」と答えました。

 このことにより、カインは『最初の殺人』に続いて『最初の虚言(嘘)』も行ったとされています。

 しかし、大地に染みついたアベルの血は、神に自らの最期を訴えました(『怨霊の叫び』みたいな感じ?)。

 こうして、罪が明るみになったカインは、住んでいた大地を追放され、エデンの東にある『ノドの地』に移ることになりました。

------------------------------------------------

 なぜ、上記の有名な物語を紹介したかというと、カインの罪と追放の罰が、後のカイン一族の繁栄に繋がってくるからです。

 殺害の罪により、カインは農耕を行っても作物が収穫できなくなるという(アベルの血による)呪いを受けました。

 故に、彼とその一族は、別の仕事を求める必要が生じたのですが、カイン一族の運命を考えるうえで、これが重要なヒントになるのです。

 

 創世記では特に邪悪と明記されていませんが、1世紀頃のユダヤ人たちによると、「カインの子孫は悪徳や腐敗を重ねた連中だった」とされ、このために大洪水で滅ぼされる対象になったといわれています。 

 このような見解は「間違ってはいない」でしょうが、「正確さに欠く」かもしれません。

 そのことについては次回の記事で考察するとして、次章ではカインの系譜について確認してみましょう。


【注釈 1~3】

 

■注1 イヴ(Eve)

 イブの表記については、他に『ハヴァ(ヘブライ語:Ḥawwāh)』『ハッワー(アラビア語:ハッワー)』『エウア/エヴァ(ギリシア語:Ευά)』などがある。 

 

■注2 2人は『エデンの園』を追放

 『蛇』の誘惑に負け、アダムとイブは神の命令に背いて『善悪を知る木』の果実を食べてしまったため、『エデンの園』を追放された。一神教では、これが『原罪』とされている。

 

■注3 カインが抱いた負の感情

 キリスト教の聖書正典外の文書『アダムとイヴとサタンの対立』によると、カインによるアベルの殺害には、カインの双子の妹であり、アベルの妻かつ姉であるルルワを巡る争いが背景にあったという。

カインの子孫

カインの系図

𒉡画像引用 まなべあきらの聖書メッセージ

レメク(右側の人物)

 トバルカインの父『レメク』は、戦士の始祖といわれています。

 

𒉡画像引用 Wikipedia

トバルカイン

𒉡画像引用 Wikipedia

 カインの子孫にはどのような者たちがいるのでしょうか。

 旧約聖書には、以下の名前が記されていました。

------------------------------------------------

𒅆エノク

 カインの子。母親(カインの妻)は不明。

 自身と同じ名前の『エノク』という町を造りました。

 

𒅆イラド

 エノクの子。母親(エノクの妻)は不明。

 

𒅆メフヤエル

 イラドの子。母親(イラドの妻)は不明。

 

𒅆メトシャエル(メトセラ)

 メフヤエルの子。母親(メフヤエルの妻)は不明。

 

𒅆レメク

 メトシャエルの子。母親(メトシャエルの妻)は不明。

 妻はアダとツィラ(チラ)

 レメクは戦士であり、2人の妻に――

 

「わたしは受ける傷のために人を殺し、受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。カインのための復讐が7倍ならば、レメクのための復讐は77倍」

※上記はレメクが果たした報復の殺人の数を2人に妻に誇る歌。

 

――と語ったと伝えられています。

 

𒅆ヤバル

 レメクとアダの子。

 家畜を率いて天幕に住む者(遊牧民)の始祖。

 

𒅆ユバル

 レメクとアダの子。ヤバルの弟。

 竪琴と笛を奏する者(演奏家)の始祖。

 

𒅆トバルカイン

 レメクとツィラの子。

 青銅と鉄を扱う者(鍛冶屋)の始祖。

 

𒅆ナアマ

 レメクとツィラの子。トバルカインの妹。

 ------------------------------------------------

 上記のようなカイン一族の中でも、とりわけ重要なのは『トバルカイン(Tubal-cain)』です。

 上記にある通り、トバルカインは鍛冶屋の始祖であり、初めて銅や鉄の刃物を鍛えた者とされています。

 

 これだけ聞くと、「ああ、そうか」と言うだけで終わってしまう人もいるでしょうが、『鍛冶』というのは文明を考えるうえでとても重要なことです。

 歴史では『石器時代』『青銅器時代』『鉄器時代』という区分が用いられることがあります。

 主に使用されていた道具の材料により、人類の歴史を分けているのです。

 石と異なり、青銅はそのまま道具として使うことはできません――必ず『火』を通して加工する必要があります。

 ということは、その技術を担った鍛冶屋こそ、古代における文明の象徴的存在といえるのではないでしょうか。

 

 では、鍛冶屋の始祖とされるトバルカインは、どうやって金属加工のアイデアを得たのでしょうか。

 誰からも教えられず、自分で思いついた?――その可能性もあるでしょう。

 しかし、ある文献によると、金属加工の方法は堕天使により、教えられたことになっています。

 その堕天使は、『アザゼル』という名前で呼ばれています。

 

 なぜ、堕天使が人類に関わることになったのでしょうか。

 次章では、この件について確認してみましょう。


監視者の堕落

神の子ら(グリゴリ)

𒉡画像引用 Wikipedia

エノク

 『エノク書』は、旧約聖書の登場人物である『エノク〈注7〉』の啓示という形式を取る黙示文書です。 

 

𒉡画像引用 Wikipedia

 神の子が人の娘たちを見ると、彼女たちは美しかった。

 そこで彼らは、自分たちが選り好むものを全て妻に娶った。

 ヤハウェは言った。

 

「我が霊が人のうちに永遠に留まることはないであろう。彼もまた肉なる者だ。彼の生涯は120年〈注4〉であろう」

 

 その時代、また後々までも、地にはネフィリムがいた。

 それは、神の子らが人の娘たちのところに入り、彼女たちが彼らによって生むからである。

 彼らは昔から勇士、名立たる男たちである。

 

 上記は創世記の中にある記述です。

 さらっと書かれていますが、これを真に受けるなら、人間の世界に超常的な存在が介入したことを示す内容となります。

 創世記では、この直後に人類を滅ぼす『ノアの大洪水』の物語に続きます。

 

 大洪水の理由としては、地上に『人の悪』が蔓延ったからだと言及されていますが、物語の構成の考えると、『神の子ら』と『ネフィリム』には、神が激怒する『人の悪』に大きな関わりがあるように思われます。

 上記の超常的存在のグループは、旧約聖書の偽典エノク書』〈注5〉において詳しく語られ、『グリゴリ/エグリゴリ(英語:Watcher/ウォッチャー/意味:見張る者・監視者)』と呼ばれていました。

 先述したアザゼルは、グリゴリのリーダーの1柱だったのです。

 

 創世記の記述を信じるなら、アザゼルを含むグリゴリの堕天の理由は、人間の娘たちを見初めたからだとされています。

 この時の様子について、エノク書では以下のように描かれていました。

 

 そのころ、人の子らが数を増していくと、彼らに見目麗しい美人の娘たちが生まれた。

 これを見た御使いたちは彼女らに魅せられ――

 

「さて、さて、あの人の子らの中から各々の嫁を選び、子をもうけようではなか」

 

――と言い交した。

 これを聞き、彼らの筆頭たる『シェムハザ』は――

 

「万が一、君たちが今の発言通りのことを実行しなかったら、私ひとりが大罪人として罰を受けることになりはしないか」

 

――と躊躇したが、他の者達は異口同音に次のように言った。

 

「この計画を確実に実行することを誓い、誓いを破った者は仲間外れにしよう」

 

 こうして、一同は誓いを立てて一蓮托生となり、総勢200名の天使たちがヘルモン山の頂に降り立った。

 

〈エチオピア版エノク書 第6章より〉

 

 上記のように、エノク書には『神の子ら=グリゴリ』が人間の娘を見初める際の記述がより詳細に書かれ、さらにはシェムハザを筆頭とする各頭領の名前〈注6〉も列挙されています。

 グリゴリの堕天(あるいは降臨)は、結果として人類に文明をもたらすことになりました。

 グリゴリは、具体的にはどのようなことを行ったのでしょうか?

 

 長くなりましたので、今回はここまでとし、次回にてその詳細を確認したいと思います。


【注釈 4~7】

 

■注4 彼の生涯は120年

 上記については、神が人間の寿命を(長くても)120年までに限定したということである。

 最初の人間であるアダムは930歳、その息子(三男)であるセト(セツ)は912歳まで生きたとされているので、神のこの処置により、人間は超常的な生物から現生人類(ホモ・サピエンス)になったといえるのかもしれない。

 

■注5 旧約聖書の偽典『エノク書』

 エチオピア正教会では、エノク書は正典として旧約聖書の一部となっている。

 エノク書には『第1エノク書』『第2エノク書』『第3エノク書』の3つがある。

 『第1エノク書』はエチオピア語(ゲエズ語)、『第2エノク書』はスラヴ語、『第3エノク書』はヘブライ語で書かれている。

 他にアラム語ギリシア語で書かれた断片も発見されている。

 

■注6 シェムハザを筆頭とする各頭領の名前

 エノク書の第6章と第69章で各頭領の名前が列挙されていたが、これらの章では総計数が異なり、各頭領の名称でも共通していない部分が見られる。 

 

𒅆第6章の記述(計20名)

①シェミハザ(筆頭)

②アラキバ

③ラメエル

④コカビエル

⑤アキベエル

⑥ダミエル

⑦ラムエル

⑧ダネル

⑨エゼケエル

⑩バラクエル

⑪アサエル

⑫アルメルス

⑬パトラエル

⑭アナニエル

⑮ザキエル

⑯シャムシュエル

⑰サルタエル

⑱トゥルエル

⑲ヨムヤエル

⑳サハリエル

 

𒅆第69章の記述(計21名)

①シェミハザ(筆頭)

②アレスティキファ

③アルメン

④コカビエル

⑤トゥルエル

⑥ルムヤル

⑦ダネル

⑧ヌカエ ル

⑨バラクエル

⑩アザゼル

⑪アルメルス

⑫バタルヤル

⑬バササエル

⑭アナニエル

⑮トゥルヤル

⑯シマピシエル

⑰イェタルエル

⑱トゥマエル

⑲タルエル

⑳ルマエル

㉑イゼゼエル

 

■注7 エノク

 エノクはノアの曽祖父にあたる人物であり、旧約聖書の偽典『エノク書』は彼が残した記述(啓示)に基づくとされている。

 伝承を信じるなら、彼は大洪水以前の世界(超古代文明?)を知る人物ということになる。

 エノクは365年生きた後、神により引き上げられて大天使『メタトロン』になったという。

参考・引用

■参考文献

●旧約聖書Ⅰ創世記 月本昭男 訳 岩波書店

●聖書外典偽典4(旧約偽典Ⅱ) 村岡崇光 訳(日本聖書学研究所編) 教文館

●The Book of Giants(The Watchers, Nephilim, and The Book of Enoch) Joseph Lumpkin 著

●『巨人の書』の再検討 須永梅尾 著

●天使の世界 マルコム・ゴドウィン 著/大滝啓裕 訳 青土社

●天使辞典 グスタス・デイヴィッドスン 著/吉永進 監訳 創元社

●古代オリエント集(筑摩世界文學体系1) 筑摩書房

●古代メソポタミアの神々 集英社

●ソロモンの大いなる鍵 無極庵

 S・L・マグレガー・メイザース 編集、松田アフラ、太宰尚 訳 アレクサンドリア木星王 監修 魔女の家BOOKS

●実践魔術講座 秋端勉 著 碩文社

●マハーバーラタ C・ラージャーゴーパーラーチャリ・奈良毅・田中嫺玉 訳 

●マハーバーラタ 山際素男 編著 三一書房

●カナンの呪い ユースタス・マリンズ 著(天童竺丸 訳) 成甲書房

●創作資料(仮) あわゆきこあめ 著

 

■参考サイト

●Wikipedia

●WIKIBOOKS

●Wikiwand

●Weblio辞書

●ニコニコ大百科

●ピクシブ百科事典

●コトバンク

●goo辞書

●聖書入門.com

●Angelarium

●The-demonic-paradise.fandom.com

●幻想動物の事典

●カラパイア

●日本の黒い霧(国際NGOだいわピュアラブセーフティネット)

●古今の秘密の教え フリーメイソンリーの象徴主義

●ビッグカンパニーHP

●The Demonic Paradise Wiki

●創造ログ

●古代メソポタミアと周辺の神々、神話生物について

●ジョン・ディーの部屋

●World History Encyclopedia

●神魔精妖名辞典

●Angelarium

●湖畔の生活 言語探求日記

●まなべあきらの聖書メッセージ

●Rinto